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2006年6月30日 (金)

'06年06月の一覧

30日 (金) 少年野球と相づち
29日 (木) 友情の日の大火事
28日 (水) 天理教の中南米布教
27日 (火) 地方へ、真っ直ぐな道
26日 (月) パラグアイでのネット環境
25日 (日) イグアスの滝
24日 (土) イグアス移住地
23日 (金) パラグアイにある天守閣
22日 (木) パラグアイの日系人
21日 (水) シーメール
20日 (火) アスンシオンの逆舗装
19日 (月) マテ茶でベジタブル・フリー
18日 (日) 冷たいマテ茶「テレレ」
17日 (土) 100,000グァラニー札
16日 (金) パラグアイの人々
15日 (木) ホテル内山田で日本食三昧
14日 (水) ワールドカップのテレビ中継
13日 (火) ワールドカップ 日本対オーストラリア
12日 (月) ホテル内山田はまるで小日本
11日 (日) 北海道県人会のバザー
10日 (土) ワールドカップのラジオ中継
9日 (金) パラグアイって国
8日 (木) パラグアイ入国時のトラブル
7日 (水) ロマンス諸語
6日 (火) アルゼンチンの食
5日 (月) 大統領選挙:アラン・ガルシア当確
4日 (日) 大統領選挙:決選投票とチャベス
3日 (土) 大統領選挙:決選投票と引き籠もり
2日 (金) ブエノスアイレス市内観光
1日 (木) アルゼンチンとレディ・ファースト

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少年野球と相づち

 Yakyu

 パラグアイはサッカーの国ですが、そんな中でも野球をするのが日本人魂なんでしょうか。アスンシオン日本人会が所有する運動場に行ったら、野球のグラウンドがありました。

 Iさん家の息子さんも参加しているので、そのまま少年野球の練習を見学しました。日本のリトルリーグと違い、ラテン育ちのせいかのんびりした印象。例えば、試合形式の練習で攻守交代の場面。走って交代しそうなもんですが、コーチが怒鳴ってもあんまり走らない。個人的には、日本のはキビキビし過ぎててちょっとイヤんな感じで、疲れたらだらける彼らの方が自然で好感が持てたりします。

 不思議だったのが、コーチに対してあまり返事をしないところ。そういえばIさんも、僕が喋るのを無言で聞いていて、聞き終わった後も特に反論がなければ黙ってたりします。たくさんの日系の方と話したわけではないので自信はありませんが、日本語での会話で相づちを打つ習慣がないのかもしれません。

■追加■
 そういえば、英語で「へぇ」ってなんて言えばいいんでしょうか。「ああ」「はい」「なるほど」「そうですねぇ」とか日本語なら単調にならないよう変化を付けて相づちを打てますが、手持ちのボキャブラリーが少ない外国語では難しいです。その辺もあるのかもしれません。

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2006年6月29日 (木)

友情の日の大火事

 事務の女性とだべってたら、「今日はあの火事からちょうど1年よ」と感慨深げ。2004年8/1、アスンシオンのスーパーで火事があり、商品を盗まれることを警戒したオーナーが出入り口を封鎖したため、客400人以上が焼死しました。「7/30が友情の日だったので大勢が焼き肉を食べに来てた。それで火事になった」とのこと。煙突に溜まった油から発火したそうです。

 その晩事務所のみんなと友情の日のお祝いにシュラスコに行きました。ブラジル風焼き肉食い放題です。帰り道、ホテルに送ってくれたIさんが「ここではあまり人を信用できない。オーナーは給料をごまかし、従業員は商品を盗む。僕も在庫を盗んでいた社員をクビにしたことがある」と愚痴っていました。

 翌日行った近所のスーパーは、広くてきれいでしたが、2つある入り口の片方とすべての窓のシャッターが閉じられていました。残る入り口の扉はとても重そうで、警備員が見張っています。また同じことが起こるんじゃないかと心配です。

■追加■
 けっこういい国ですよね、日本。この状態がいつまで続くかわかんないのが怖いですが。警備会社が儲かってるって聞くとちょっとげんなりします。ちょっと前まではアスンシオンは治安のいい街で、「鍵なんてかけたこと無かった」っておっしゃってる方もいました。うーん…。

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2006年6月28日 (水)

天理教の中南米布教

 イグアスへ行ったときのこと。Wさんが天理教の皆さんに紹介してくれたんですが、その文句が「彼は奈良高校出身だから天理の近くだよ」。実際は奈高じゃなくて単に奈良“の”高校なんですが、「天理の近所」効果は抜群で、皆さん何となく感心してくれてる風。これで天大(柔道で有名な天理大学)でも出てようもんなら、どれだけワッショイワッショイされるか。

 そんな皆さんの法被には「イグアス支部」「アスンシオン支部」なんて書いてあって、調べてみたら中南米だとメキシコ、ベネズエラ、コロンビア、パラグアイ、ブラジル、アルゼンチン、ペルー、チリに支部があるようです。天大にはイスパニア語コースやブラジルポルトガル語コースがあったりします。

 今年は教祖(おやさま)こと開祖中山みきの生誕120年祭で、世界中から「おぢばがえり」(天理市へ行くこと)するそうです。イグアスの教会でも会の終わりに告知があり、参加者を募っていました。イグアスから天理市、大巡礼ですね。

■追加■
 天理市内にはやたら宿泊施設がありますが、修養科っていう3ヶ月の研修があって、それ用にも要るからだそうです。地方にある各教会が“詰所”っていうのを天理市内に持っていて、旅館みたいなやつや団地みたいなやつなどいろいろあるらしい。以前車で天理市を通ったとき見たような気がします。

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2006年6月27日 (火)

地方へ、真っ直ぐな道

 A_iguazu

 イグアスへ行ったときのこと、市内と違い普通の道だったのと、早朝だったので、運転していたWさんはかっ飛ばしていました。延々と草原や畑が続きます。22kmの直線道路がありました。大潟村のが確か11kmなので、もうひたすら真っ直ぐです。

 日本人やドイツ人による開けた入植地と、いまいちパッとしないパラグアイ人入植地を交互に通過します。車が高いのか、アスンシオンと違いバイクが多くなります。

 交番の前で警官に止められました。追い越し禁止地帯で追い抜いた、とのこと。交番から出てきたWさんに聞くと、賄賂を払ってきたそうです。彼らは一日交番の中にいて、時々前の道を走る車を止めて小遣い稼ぎをしているようです。追い抜いてなくても、整備不良かなんかで結局金を要求してくるそうで、Wさんはやたら詳しい身分証明書を持ってきてたし、僕にもオリジナルのパスポート(普段はコピーを所持)を持参するよう指示してましたが、こういう時のためだったんですね。

■追加■
 今にして思えば、まぁ交番の前の追い越し禁止で追い越すWさんも、たいがいうっかり屋さんでした(交番の存在を忘れていたんでしょうけど)。ただ、警官が頼れない国って何とも言えない不安感があります。
 徐々に赤く縁取られていく地平線に向かって、道がまっすぐ伸びてました(曲げる理由も無いですし)。こういうなんにもない風景って日本では珍しいわけで、海外生活のいいところかもしれません。パラグアイは良かったです。将来移住したいな、ってくらい。

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2006年6月26日 (月)

パラグアイでのネット環境

 Hotel1 Hotel2 Hotel3

 グアテマラ、ドミニカはADSLが来てたんですが、パラグアイは衛星インターネットでした。人工衛星から自分がリクエストしたデータが照射されるってのはなんともロマンティック。一定の帯域を人数割りしてるはずですが、利用者が少ないのかでっかいファイルのダウンロードなんかはスムーズ。でも、上りがしょせん電話回線なのでページの切り替えなんかがトロく、不安定になることもしばしば。Iさんは自宅にアンテナを立て、会社に来ている常時接続を家に無線で飛ばしていたので、けっこう料金は高いのかもしれません。噂では、ADSLをすっ飛ばしてそのうち光が入るんだとか。

 僕が泊まっていたホテル内山田も常時接続で、Skypeも快適に使えました。画像はその前に1泊だけした別のホテル。馬鹿みたいに広く、大小2つのベッドにTV、ソファ、冷蔵庫にキッチン。ロフトにもベッド2つとTVがありました。これで一泊US$35。唖然とする安さです。

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2006年6月25日 (日)

イグアスの滝

 Catarata_iguazu1 Catarata_iguazu2 Catarata_iguazu3

 僕がイグアスまで行ったのに滝を見て来なかったと聞き、後日別の方が連れてってくれました。まずは車で約5時間荒野を疾走し、シウダー・デル・エステまで行きます。ブラジルとの国境の町で、交易が盛んなためブラジルの通貨が使えます。近くには世界一の規模を誇るイタイプダム(三峡ダムが完成したら抜かれる)があり、パラグアイの電力はすべて水力で賄われています(売るほど余ってるらしくブラジルに売電してる)。

 滝はブラジル側にあるので、モトタクシー(バイク)にまたがって見に行きました。途中で街中の看板がポルトガル語に変わったのでびっくり。明らかにブラジルにいるんですが、出入国の手続きをしていません。え、僕今不法滞在中?とびびりまくりでしたが、あとで1日なら手続き不要と知りました。

 人間の目は視野角が30度を超えると臨場感が急増し、90度くらいで頭打ちするとホームシアターの雑誌にありました。イグアスの滝は180度以上滝だったのでド迫力でした。

■追加■
 注1。真ん中のはポン・デ・ケージョ、モチモチっとしたチーズ味のパンです。モスバーガーの冬季限定メニュー「チーズポン」がものすごく好きなんですが、本場ブラジルのポンはデカくて幸せでした。もちろん昼飯ではなくおやつです。タピオカの粉とチーズを混ぜて作るそうです。観光地のカフェなんて高くてまずいのが相場ですが、それでも十分おいしかったから、街中のパン屋で出来たてなんて食べたら無茶苦茶にやられてしまいそうです。
 注2。滝はブラジル側とアルゼンチン側とあって、それぞれ近くにフォス・ド・イグアス空港とプエルト・イグアス空港があります。日本からだと間違いなく2日かかります。
 注3。3枚目の画像はブラジルで見たトイレットペーパーホルダー。ブラジル人は緑とカナリア色の組み合わせがよほど気に入ってるらしく、いたるところがこのカラーリングでした。

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2006年6月24日 (土)

イグアス移住地

 Iguazu1 Iguazu2 Iguazu3

 アスンシオン滞在時、Wさんがイグアス移住地に連れてってくれることになりました。滝までは行かないそうです。アスンシオンからは車で4、5時間かかるので、だったら何しに行くんだと疑問でしたが、言いたがらないのを聞く趣味はないので黙っていたところ、出発前日「実は天理教の集会なんだよ」と。

 グアテマラの信心深い人たちを見るうちに宗教アレルギーが軽減されていたので、オルグってこないならいっか、と気軽に同道。もともと「信仰=他派に非寛容」ってイメージがアレルゲンだったので、宗教を一律に蔑視するならそれもまた非寛容な話だ、と考え直すようになっていました。

 着いたのは日本人開拓者の家。バリバリ耕してくれそうな大型の農業機械に心を奪われました。2時間くらい儀式を眺めていた後、御馳走の登場。日本食と焼肉でパーティーです。南米大陸のど真ん中で、法被姿の皆さんと一緒に赤飯を頬張りながら、「どこやねんここは」と小声で突っ込んでいました。

■追加■
 見えにくいですが3枚目の画像は時計回りに焼肉、刺身、焼きうどん、赤飯です。

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2006年6月23日 (金)

パラグアイにある天守閣

 パラグアイへの公式な移民は1936年が最初ですが、盛んになるのは敗戦後の50年代。政府による口減らしという側面があったため「棄民」と呼ばれています。実際2000年、ドミニカ移民の人たちは騙された!と日本政府を訴えました。が、今月7日に出た1審判決は「国に調査不足という落ち度はあったが、時効」というご無体なもの。パラグアイ移民の人たちは主に農業や牧畜を営み、東部のイグアスやピラポに居住地があります。

 日系人向けの新聞を読んでいたら、天守閣の写真が載っていました。養鶏で大成功した方が建設してるんですが、男の浪漫満開です↓。
  http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/sekainomachikado/050923.html
 アスンシオンにはまた行くはずなので、機会を作って見に行こうと思っています。

 パラグアイはトヨタ車が強いんですが、輸入代理店トヨトシのオーナー豊歳氏は携帯電話や運送会社なども経営し、パラグアイ有数のコングロマリットを形成しているそうです。

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2006年6月22日 (木)

パラグアイの日系人

 海外日系人協会によると1999年時点で全世界に250万人の日系人がいるそうです。定義は「海外で永住の目的を持って生活している日本人並びにその子孫の2世、3世、4世等」で国籍、混血は問わないそうです。順に、
  ブラジル130万
  米国100万
  ペルー8万
  カナダ5.5万
  アルゼンチン3.2万
  メキシコ1.2万
  オーストラリア1.1万
次いでパラグアイが7,700人。人口が600万人程度ってことを考えるとけっこうな人数です。

 パラグアイの場合、1950年代に移住してきた人が多く、1世・2世の方が中心。そのためペルーとは違い、まだまだ日本語がメインで使われています。古い日本語が残っていて、従業員を「人夫」、ノートを「帳面」と呼んでる方がいました。

 パラグアイでお世話になった1世のWさん(子供のころに親に連れられて移住)は相撲大好きで、早朝やってるNHKの相撲中継を全部見てるそうです。「栃木の強盗事件、あれひどいねぇ」と日本のおばちゃん並に三面記事に強かったです。

■追加■
 カナダが4位ってのが意外でした。ブラジルは人数も多いが、人口比も大きい。ぜひ一度行ってみたいもんです。

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2006年6月21日 (水)

シーメール

 IFPI(国際レコード産業連盟)のレポートによると、パラグアイは海賊CDのメッカで、2004年の海賊版比率99%は中国(85%)、インドネシア(80%)を押さえぶっちぎりのトップ。残る1%は?と不思議でしたが、出国時に空港の売店で正規版のCDを発見。あるにはあるんだな、と納得。

 アスンシオンには海賊CDの売り子がいて、事務所にいたら勝手に入ってきました。カウンターに並べられたジャケットを見ていたんですが、普通の音楽CDや、MP3を詰め込んだCDの他に、アダルトのVideoCDがあります。

 周りの人がやたら薦めてくるんですが、さすがに…と思ったのがシーメール。sheとmaleの合成語で、膨らませたおっぱいを持つ男性のこと。オカマと違うのはアレを残している点で、男とも女ともナニすることができる、いわば第3の性です。一度市内で男娼を見かけましたが、かなりな美人さんでした。でもアレが残ってるかもしれないわけで、非常に油断できない街だなと思いました。

■追加■
 昔雑誌でシーメールの方を初めて見たときは、かなりな衝撃を受けました。あまりに不自然なんやけど、でも手術時のメスの跡が残ってるわけでもなく、自然に見えるっちゃ見える。あの違和感は人を不安にさせます。

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2006年6月20日 (火)

アスンシオンの逆舗装

 Asuncion

 アスンシオンは、幹線道路や主要な街路こそアスファルトですが、小さな街路は石畳になります。ヨーロッパのそれとは違い、敷き詰められた石が尖っていて、逆にタイヤを痛めんじゃないかと思いました。生活道路となると未舗装が大半です。

 走ってるのは日本車が多いのですが、やはり車高の高い車が人気になんだそうです(値段も高いからあまり見ませんが)。「パラグアイの道に耐えられたらどこでも大丈夫だ」とトヨタの人が研究に来たという噂を聞きましたが、確かにこっちへ来てサスペンションの重要性が実感できました。パラグアイは夏は40度を超えるし、車にとっては過酷な環境だと思います。

 舗装されてる道も穴が開いてたりします。基礎工事がなってないため、大雨が降ると陥没するんだと聞きました。一度良い道を造ってしまえば、車が壊れにくくなるし、ガソリンの消費も減るし、道路の修理費だって減ります。ただ、先立つものが…ってことらしいです。なんかよくあるパターンですね。

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2006年6月19日 (月)

マテ茶でベジタブル・フリー

 Mate3

 パラグアイもアルゼンチンと同じ焼肉天国。みんな牛ばかり食べていて、スーパーの肉売り場は迫力があります。そんな彼らの健康を支えているのがマテ茶。ビタミンが豊富で、野菜を食べなくてもマテ茶飲んでりゃOKなんだそうです。アスンシオン滞在時、ベジタブル・フリーに憧れマイキットを購入。最近リマのスーパーでアルゼンチン産の茶葉を発見し、大喜びでまとめ買いし、今も飲んでいます。

 パラグアイのマテ茶で特徴的だったのが、回し飲み。職場なんかだと一組のコップ+ストローを使い、順番に飲んでいきます。躊躇する外国人が多いのか、さっと受け取って飲むとたいてい喜ばれます(僕は一瞬戸惑ったものの、顔に出なかったのでセーフ)。ただ、時々ポットの水が茶色いことがあります。覗くと得体の知れない草や根っこが浮いています。れっきとした薬草で健康にいいらしいんですが、「この色、根っこに付いてた泥…?」渦巻く疑念を押さえて飲んでいました。

■追加■
 薬草入りのテレレは草っぽいというか、青臭いというか…良く言えば草原の爽やかなイメージ。漢方とはまた違った感じでしたが、「駄目」という意味では非常に似通ってました。

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2006年6月18日 (日)

冷たいマテ茶「テレレ」

 Mate1 Mate2

 パラグアイで毎日飲んでいたのがマテ茶。角や木できたグァンパというコップに茶葉を入れ、お湯を注ぎ、ボンビージャというストローで飲みます。このストローがよくできていて、先端に小さな穴がいくつもうがってあります。茶葉を漉しながら飲めるわけです。網でできた茶漉しより洗いやすいし、日本でも普及してほしいと思います。

 パラグアイの人たちは、みんなこのマテ茶キットを持って出歩きます。茶葉はあまり交換せず何度も使いますが、お湯の入ったポットは欠かせません。多くのドライバーが運転中でもチュパチュパ吸い、信号待ちの間にお湯を足していました。

 このマテ茶の習慣はアルゼンチンにもあるらしいのですが、パラグアイ独特なのがテレレ。お湯でなく冷水を使います。僕が世話になった事務所では、仕事中何度も手を止めテレレを飲みながら雑談してましたし、見学させてもらった工場の時間割にはテレレ休憩が組み込まれていました。のどかだったなぁ。

■追加■
 このボンビージャ、ペルーでは見たことないです。あと2、3本買って帰りたいんですが…。日本でも通販で手に入るみたいなんですが、なんかシャクです。とはいえ、パラグアイ近いようで遠いからなぁ。ちなみにリマ・アスンシオン間は2505kmで、大阪・香港間(2464km)より遠いそうです。広いですね、南米。
 昼休みは、雇う側も昼飯食いに家に帰ったりします。全般的にのんびりしてて素敵。

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2006年6月17日 (土)

100,000グァラニー札

 Guarani1 Guarani2

 パラグアイの通貨は先住民の名を取って「グァラニー」と言います。1グァラニー≒0.02円なので、数字がやたらデカくなります。西語で3桁の数字までは慣れましたが、英語同様苦しむのはそこから上。1万=10千なんてとっさに換算できません。10万=100千になるともうダメ。そしてこの10万グァラニー(1,994円)が一番額面のデカい札なのも厄介。最後ホテルで精算したら10万グァラニー札が束になってしまいました。

 明治時代に円を導入したとき、ついでに桁区切りを変えといてくれれば、と恨みます。アラビア数字で表記するとき僕らは3桁区切りを使いますが(例:1,000,000)、読むときは4桁区切りです(例:百万、百億)。明治の人たち同様、僕らも子孫のために我慢して、バシッと3桁区切りに揃えたいところ。代わりに英語圏のやつらが我慢して、ガロンとかポンドとか廃止してくれたらすべて丸く収まるんですが。

 2枚目はATMで下ろした札。微妙にデザインが違い非常に嫌。

■追加■
 アメリカもイギリスもメートル条約には加盟してるらしいんですが、英が2000年からヤード・ポンド法を使用禁止にしたのに対し、米はいまだに法規制がないので使用が続いています。困ったさんです。中米でいまだにポンドが使われたりするのは、アメリカとの取引が多いからなんでしょうね。

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2006年6月16日 (金)

パラグアイの人々

 Paraguay21 Paraguay22

 パラグアイの人口は607万人(2004)で、緑豊かな首都アスンシオンは50万人都市(1枚目)。

 住民のほとんどは先住民グァラニー族とスペイン人の混血(メスティーソ)で、彼らはインディオの血を誇りに思っていて、学校ではグァラニー語の授業があると聞きました。

 1864~1870年の三国戦争(対ブラジル・アルゼンチン・ウルグアイ連合軍)で人口が激減したものの(1/10になったとも)、1932~35年のチャコ戦争(対ボリビア)には勝てたせいか、ボリビア人を小馬鹿にした発言を何度か耳にしました。

 サッカーが盛んで「フクダはどうしてる?」と聞かれました。福田健二という選手が2004年に来ていたそうです。

 真冬に行ったんですが、暑くなる日が多く半袖に上着という格好が主流でした(2枚目)。夏になると40℃を超えるらしく、この正月にIさんとチャットしてたら、「○さんがこっちいたら溶けてますよ」と笑われ、失敬な話だと思いました。

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2006年6月15日 (木)

ホテル内山田で日本食三昧

 Uchiyamada_wasyoku1 Uchiyamada_wasyoku2 Uchiyamada4

 ドミニカで「グアテマラではどれくらい減った?」と聞かれ、「体重計がないのでわからない」と答えたら、ベルトの穴でわかるだろ?とのこと。曰く、ベルトの穴一つで1Libra変わったってことらしい。1ポンド≒0.4536Kg。ほんまかいな。とにかく体重は減っていたはず。ベルト10cm以上切ったし。

 さて、アスンシオン ホテル内山田のレストランで食べたものを列挙。寿司定食PYG49,000≒977円、カツカレー439円、カツ丼359円、焼き飯359円、博多ラーメン479円、カレーうどん419円、鶏の唐揚げ379円、茶碗蒸し169円。ガソリンスタンドで買ったホットドックがPYG4,700≒94円だったからどれも高価なんですが、ジャパンマネーの前ではたいしたことありません。数日後、短くしたベルトがバックルの付け根からブチ切れ、名産の革ベルトを買うきっかけができました。

 画像のサーモン寿司やお茶漬けの値段は忘れました。どちらもおいしかった憶えが。3枚目はホテル内山田のゴルフ部屋。

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2006年6月14日 (水)

ワールドカップのテレビ中継

 ペルーでは民放地上波のATVって局が全試合放送してるんですが、画面にはATVのロゴが小さく表示されるだけで、選手の名前なんかは表示されません。時間や点数も滅多に表示されません。おかげで途中から見ると全然状況がわかんない。

 CM映像はハーフタイムのみです。たまに小さくコカコーラのロゴなんかが表示されますが、一瞬ですしとても小さいです。代わりに試合がまったりした瞬間を狙って音声のCMが流れます。放送席は映らず、タレントなんて出ません。実況と解説者が音声のみで淡々と進めます。ちなみに普段のサッカー中継では大きめの企業ロゴがバンバン表示されますが、全面を占領したり、CM映像で中断することはなく、サッカー愛を感じます。

 で、ゴールシーン。トーゴが1点入れた瞬間、実況は「ゴール・デ・トーゴ!」(デは「~の」って意味)、続けて「ゴール・デ・セルベサ・クリスタル!(ビールの銘柄)」と絶叫。やっぱりおまえも言うんかい。

■追加■
 この宣伝、確実に耳に入るから効果は高いんですが、0-0ってトラップがありますね。試合毎に宣伝料が払われるのか、点数毎に払われるのか知りたいところです。サッカーも大相撲の懸賞みたいな制度があると楽しそうですね。日本企業がばんばん日本戦に賭けて、相手が燃えるから逆効果かもしれないけど。

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2006年6月13日 (火)

ワールドカップ 日本対オーストラリア

 新聞にコパ・ムンディアル(W杯)の予想が載ってました。グループFはブラジル>クロアチア>オーストラリア>日本、の順になってました。しかもオーストラリアには※が付いていて、「トーナメント進出の可能性あり」と補足してあります。

 日本対オーストラリアは朝8時に始まりました。会社は9時始まり。先週末、ペルー人の同僚に「月曜は遅れてくる。日本の試合があるから」と説明したら、「それなら仕方ないな」とのこと。仕方ないで済むあたりがラテン。

 中村俊輔のゴールの瞬間、実況はしばらく無言。慌てて「ゴール!」と絶叫していましたが、ハーフタイムに入ると「あれはファールだ」とリプレイを見ながら解説してくれました。試合後、中継を見てたらしい門番や駐車場の係員が、げんなりした顔で通り過ぎる僕をニヤニヤした顔で見送ってくれました(なんか悔しい)。

 ところで、試合中日本アバイアのHPにアクセスしてみましたが繋がりませんでした。みんな気になったんですね。

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2006年6月12日 (月)

ホテル内山田はまるで小日本

 Uchiyamada1 Uchiyamada2 Uchiyamada3

 中南米には日本人旅行者を対象とした「日本人宿」ってのがいくつもあるらしいんですが、アスンシオンの「ホテル内山田」はその中でも有名なものの一つだそうです。僕は旧館の長期滞在者用の部屋に3週間ほど泊まりました。

 館内は日本の団地みたいなんですが(1枚目)、キッチンには炊飯器があり、風呂には浴槽があります。テレビはNHKが映り、LAN回線でインターネットに常時接続できます。

 新館にはジムがあり、ゴルフの打球ルームや卓球台の他、なぜか週刊少年マガジンが2年分くらい置いてありました。24時間1回PYG10,000で使えるコインランドリーもうれしかったです(1万グァラニー≒199円。洗濯物が多いともう少しかかる)。

 しかし、何よりもありがたかったのが朝の和食バイキング。品数は多くないですが、毎朝卵ご飯三昧が可能。昼はIさんが取ってくれる仕出しの和風弁当、晩はホテルの和食レストランでメニューを一つ一つ攻略。食生活は完全に日本でした。

■追加■
 厨房にパラグアイ人女性が1人常駐してますが、こっちの様子なんて見てないですからね。周りの日本人の目さえ気にしなければいくらでもたまごご飯が食べられます。あれはしあわせでした。

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2006年6月11日 (日)

北海道県人会のバザー

 パラグアイでお世話になったIさんは日系2世の方。両親が北海道から移住してきたそうです。久々に日本語ペラペラの人に会って逆に戸惑っていたら、「お腹空いたでしょ」と白い建物へ案内されました。「ハマナス」と大書されたビルで、中は日本人だらけ。外はまだ明るかったので白昼夢かと思いました。

 正体は北海道県人会のバザーで、キムチラーメン、やきそば、やきとり、アサド、餃子を食べました。アサド(焼き肉の串)以外は日本の味。日本人の子供が遊び(3世になるので喋ってるのは西語が中心ですが)、日本人のおばちゃんが調理し(2世の方が中心なので会話は日本語)、日本人の親父がいたるところで飲んだくれてます。じわじわと、この異国に日本を作り出した人たちに対する畏敬の念がこみ上げてきました。

 晩は再びIさんが迎えに来て「広島」という店へ。広い店内にはテーブル席に加え寿司のカウンター。NHKを見ながら刺身定食を食べました。海外にいることを忘れそうな光景でした。

■追加■
 グアテマラ、ドミニカと何ヶ月も外国人に囲まれて暮らしていたため、日本の裏側でいきなり日本の文化に囲まれて異様な気分でした。最初のうちは懐かしさとかよりとにかく非現実感がすごかった。

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2006年6月10日 (土)

ワールドカップのラジオ中継

 W杯第1試合ドイツ対コスタリカ。日本では金曜深夜1時開始でしたが、こっちでは金曜朝11時から。眠いだろうとは思いますが、どうせ日本は翌土曜は休みなんだし、平日のど真ん中にやるペルーより観戦しやすいんじゃないでしょうか。というわけで、僕と同僚は移動中の車の中、ラジオを聴いていました。

 どだい西語でアレですが、そもそもサッカーって野球と比べ、ラジオに向かない気がします。右、左、選手名で実況が進むので全然ボールの位置がわかんない。22人全員の名前とポジションを憶えていればイメージ湧くんでしょうけど…。

 開始6分、『ゴール、アレマン(ドイツのこと)、ゴール!』
「早っ」
『ゴール!コ、カ、コーラ!』
「?!」
「今コカコーラって言いましたよね」
「うん、言ったね」
「…」

 そして6分後、コスタリカが同点に追い付きました。

『ゴール、コスタリカ、ゴール!』
「追いつくの早っ」
『ゴール、ゴール!コカコーラ、ゴール!』
って毎回言うんかい!!

■追加■
 一瞬そんな名前の選手がいるのかと思いましたが単なる広告。点入る度にコカコーラ!ってアナウンサーが叫びます。あんなん絶対耳に入る。ずるいというか上手いというか。

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2006年6月 9日 (金)

パラグアイって国

 Paraguay1 Paraguay2

 今回のW杯にも出ているパラグアイですが、正直どこにあるのか知りませんでした。ご覧の通りアルゼンチン、ブラジル、ボリビアに囲まれた海のない国です。輸入品はトラックによる陸送か、船で遡上して運びます。ブエノスアイレスからラプラタ川を上っていくとパラナ川になり、さらに上るとパラグアイ川(画像)となってアスンシオンを通過します。

 僕がアスンシオンに到着した日、ちょうど年に1度の内国博覧会が開かれていて、迎えに来てくれたIさんが連れてってくれました。最終日の人混みをかき分け一通り見ました。展示物は自動車と牛が中心でした。パラグアイはアルゼンチン同様パンパが広がっていて、ガウチョと呼ばれるカウボーイが牛を追っています。会場には巨大な牛が何頭も繋がれ、品評会が行われていました。皮革製品を即売するテントもあります。

 テレビではガウチョを主人公にした西部劇風のドラマがよくやっていて、西部劇ラブの僕にはたまらない国でした。

■追加■
 パラグアイの事務所の人はみんなオリンピアファンで、車にオリンピアグッズが飾ってありました。1回くらい試合観に行っときゃよかったなぁ。サッカー詳しくないんですが、チラベルトはさすがに憶えています。ああいうキーパーが増えると楽しいすね。

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2006年6月 8日 (木)

パラグアイ入国時のトラブル

 ブエノスアイレスを去る時、ウルグアイ人女性に「ウルグアイとパラグアイは教育レベルが低いから気を付けてね」と忠告されました。で、1.5時間のフライトの後パラグアイに到着。

 ターンテーブル周辺に、明らかに旅行客じゃないおっさんがたむろっていて、「ここの税関は悪い。20ドルくれたら俺が通らせてやる」と声をかけてきました。無視して進むと、税関の職員にやたらしつこく荷物をチェックされました。「この服は新品みたいだ」とか、「いくつ電化製品持ってんだ?」とか。「申告が必要なんじゃないか?。賄賂くれたら見逃すが」って意味みたいです。げんなりしてたらさっきのおっさんが来て、職員に何か言ってくれてます。数分後無事解放されました。

 彼は僕の荷物を押しながら金を要求してきます。税関の職員と山分けするのかもしれません。断って自分で荷物を押し始めたところへ、迎えに来てくれたIさんが登場。一目で状況を察し、「パラグアイの恥を晒すな」と一喝。説教し始めました。

■追加■
 思えば首都の空港とは思えない小ささでした。その点リマの空港はかなり近代化されていて、こういうトラブルはありませんでした。でも、税関を除けばパラグアイの方が全然のんびりまったりしてて素敵なんですけどね。

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2006年6月 7日 (水)

ロマンス諸語

 焼き肉屋でブラジル人が前に並んでたんですが、連れのウルグアイ人がニヤニヤしています。西語とポルトガル語は似ているので、彼らの雑談がだいたいわかるんだ、とのこと。

 語学学校で、仏語ペラペラのトルコ人が、「仏・西・伊・独語は似てるから楽勝」と豪語していました。実際彼女はゼロから始めて2週間で普通に西語を喋れるようになっていました。

 インド・ヨーロッパ語族の一つにゲルマン語派とイタリック語派があり、イタリック語の一つであるラテン語から生じた言語をロマンス諸語(伊・仏・西・葡語等)と呼ぶそうです。また、ラテン語はゲルマン諸語(独・蘭・英語)にも文法や語彙の面で大きな影響を与えたんだとか。実際西語と英語は似た単語がたくさんあります(英station・西estación、とか)。

 西語は主に13C頃のカスティーリャ王国で形成されたため、西語を「エスパニョール」ではなく「カステジャーノ」と呼ぶ人が多いです。最初何のことかわからず混乱しました。

■追加■
 グアテマラに土産としてカステラを持って行きました。ポルトガルから日本に伝わったお菓子で、カスティーリャから名前が来てると説明したら喜んでくれました。カステラは、洋菓子の割に牛乳使ってないおかげで、当時の日本に定着することができたそうです。

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2006年6月 6日 (火)

アルゼンチンの食

 Argentina_niku

 さて、アルゼンチンの食事事情。昼食バイキングに行ったんですが、品数が豊富でどれもおいしい。日本の高級ホテルバイキング並の充実。にもかかわらずARS$18(アルゼンチンペソ。655円)と安い。食料自給率90%強だけのことはあります。

 晩飯にアサド(焼き肉)を食べました。有名な店らしく観光客でごったがえしてて、20時半から30分以上待たされました。食い放題だったこともあり、アルゼンチンワインを飲みながらダラダラしてたら23時台に。おおっ、待ってる客が増えて外まで並んでる。4人×10組くらいか。23時から焼き肉を食う奴がこんなに…。晩飯の非常に遅い国のようです。

 ホテルの朝食バイキングは異様に品数が多くて豪奢だったんですが、全部パンとケーキ。塩気のあるものはスクランブルエッグと安物のチーズ1種類だけでした。地獄です。中級のホテルで、チェックインカウンターを見てた感じでは、宿泊者は現地人が多かったんですが、皆さん朝は軽く済ませていました。

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2006年6月 5日 (月)

大統領選挙:アラン・ガルシア当確

 ちょうど今アラン・ガルシア元大統領が演説しています。当確が出たようです。どのチャンネルも彼が映っています。

 4/9に実施された2つの選挙のうち、大統領選挙の開票率が100%に到達したのは5/6のこと。議会議員選挙に至っては6/3にようやく100%達成。今度の決選投票も同じくらい開票に手間取るかもしれませんが、2択だし、当確は間違いないはず。

 アラン・ガルシアは1949年生まれの現在57歳。1985年、35歳の若さで大統領に当選しました。'90年までの任期中は、テロを抑えられなかったり、年間4桁%のインフレを連発。1990年のインフレ率はなんと7,649%。おかげでペルーは'85年に1,000ソルを1インティに、'91年に1,000,000インティを1ヌエボ・ソル(現行通貨)にデノミしています。退任後は公金横領で訴えられコロンビアに亡命したり。さて今期は…?

 アランの生まれた日を確認しようとWikipediaの英語版と西語版を見たら、もう当確について書いてありました。早っ!

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2006年6月 4日 (日)

大統領選挙:決選投票とチャベス

 ペルー人の同僚にどちらに入れるか聞いてみました。

「どちらも嫌だがアランに入れるつもりだ。オリャンタはチャベスから資金援助を受けてるからな」
「!?」
「当たり前だ。軍の年金だけで、いったいどうやってオリャンタは選挙活動するんだ?」

 チャベスってのは産油国ベネズエラの大統領ですが、イランのアフマディネジャード大統領と並び、今最もアグレッシブにアメリカに反抗している国家元首でしょう。チャベスはオリャンタを支持しているので、上のような噂が流れるのは仕方なく、結果、保守票がアランに流れると思われます。

 チャベスは4月にアンデス共同体を離脱しました。メンバーのコロンビアやペルーが米とFTA交渉を進めていたからです。続いてキューバのカストロ議長、ボリビアのインディオ出身大統領モラレスとTCP(人民通商条約)を結びました。オリャンタが勝てばこの反米同盟に組み込まれるはず。一方アランはチリ、ブラジルと組んでTCPに対抗すると宣言しています。

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2006年6月 3日 (土)

大統領選挙:決選投票と引き籠もり

 ペルー人の同僚に、「セニョール(東野幸治ではない)はこの日曜何するの?」と聞かれました。毎回「引き籠もる」と返事し、「健康のため散歩でも行きなよ」と諭されます。

 6/4、今週の日曜はペルー大統領選挙の決選投票です。4月の選挙の上位2名、オリャンタ・ウマラと元大統領アラン・ガルシアが対決します。どちらも左寄りなんですが、オリャンタは過激なナショナリストなので、大方の予想はアランの勝利。ただ、元軍人のオリャンタは地方でクーデター未遂を起こした実績があり、負けたらどう出るかわからない、とも。

 西語の先生に「土日は気を付けてください」と忠告されたのもあって、彼に「選挙があるから引き籠もる」と答えたら、いやに真面目な顔で「その方がいい」と頷かれてしまいました。

 ところで、一昨日高級ペルー料理バイキングで、サッカーペルー代表FW、PSVでプレーするファルファンって選手に遭遇。よく知らないけどものすごい選手らしいのでラッキー。

■追加■
 4/9に選挙があり、1・2位の確定が発表されたのが5/3(開票率99.98%)。規定通り1ヶ月後の明日ようやく決選投票で決着が付きますが、なんで開票に3週間もかかったのか謎。

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2006年6月 2日 (金)

ブエノスアイレス市内観光

 アルゼンチンの首都ブエノスアイレスは人口300万以上の大都市で、首都圏人口は1000万人を超えてるんだそうです。南米のパリと呼ばれるヨーロッパ移民の街なので、新しい建物も古い建物もともにシックな印象。皆西欧人種で茶系統の大人しい色の外套を着ています。僕のジャンパーはゴルフ用に買ったオレンジのやつだったので、落ち着かない気分でした。

 タクシーで「ボカ・ジュニアーズ」のスタジアムはじめ、いろんな建物を見ましたが、観光って案内してくれる人によってテーマが変わってくるんですね。ドミニカのおっちゃんは「ここでは何が穫れる」「あそこの土は良い土だ。あの色!肥沃そうだろう?」とひたすら農業系の紹介が続きました。一方ブエノスを案内してくれた女性は「この建物新しくてきれいでしょ」「あそこは古くて落ち着きのあるカフェなの」「このビルは家賃高そうね」とひたすら建物にコメントしてくれました。僕だったらやっぱ日本橋連れてくもんな。

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2006年6月 1日 (木)

アルゼンチンとレディ・ファースト

 Argentina1 Argentina2

 ドミニカからパナマ経由でブエノスアイレスに向かったところ、機内9時間+待ち2時間かかりました。えらい遠いです。

 空港にウルグアイ人が迎えに来てくれました。ウルグアイの首都モンテビデオはラプラタ川を挟んだ対岸にあり、彼女は二つの国を行ったり来たりして暮らしてるそうです。ゆっくり喋ってくれるので、だいたい話は通じましたが、よく聞くとjapon(ハポン)がシャポンに、llamar(ジャマール。呼ぶの意)がシャマールに聞えます。アルゼンチン訛りです。他の国の人に言わせると気取った感じなんだそうです。

 ホテルのエレベータが0階から始まっててびっくり。19階まであるし、自動運転だし(ドミニカは手動だった)超文明国。エレベータの扉が開くと自然に男たちが脇に退き、女性が颯爽と降りていきました。僕がレストランでメニューを受け取るとき、連れの女性より先に手を出したら「レディ・ファーストですよ、セニョール」とウエイトレスに注意されました。

■追加■
 欧米人のレディファーストは男権社会の裏返しで、女性を見下ろしたニュアンスを感じます。あの「うわべだけ感」がなんか苦手。エレベータなんてドアに近いやつから降りりゃいいし、メニューなんてウエイターに近いやつから受け取りゃ手っ取り早くていいのに。

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