2006年12月 8日 (金)

日本人同士の距離感

 中南米に来る日本人には2通りいるようで、観光・仕事・恋愛が目的の人、語学・外人との交流が目的の人、に別れます。

 前者は、例えば興味が遺跡のみに集中。マチュピチュが長野にあったら楽ちん、なんて考える。このタイプは日本人を見かけると「わーい、日本語話せる」とうれしそうにします。

 一方後者は「え?、なんでこんなとこまで日本人来てんの?(君が歩き方読んでるからだ)」と露骨に嫌そうな顔をする。ツアーで一緒になった白人に嬉々として英語で話しかける。「ここラテンアメリカ。なぜ英語圏行かない」と眺めてると、別のツアー参加者が「あなた中国人?。あそこの彼は日本人よね?。言葉全然違ったりするの」などと尋ねてきます。

 語学学校でも見かけますが、こっちが挨拶したら思いっきり目を逸らす日本人がたまにいます。偶然目が合ったから仕方なかったし、気を遣って西語で声かけたし、なにより人間としてその態度間違ってます。

 とはいえ、僕もボリビア旅行中若い日本人カップルに出くわしたので、ツアーの間ずっと、西語で通してました。高山病で喋るのがしんどかったのと、二人の世界に浸りたいかな、と気を遣ったわけです。終盤ガイドに聞かれて日本人だと答えたら、聞き耳立ててたカップルさん、陰でこそこそ「あいつ日本人だったよ」「ずっとそうじゃないかと疑ってたのよ」と噂してる。僕の対人能力が低いのが悪いんでしょうけど、旅慣れてきたらこの辺の間合いがわかるようになるんでしょうか。

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2006年10月 3日 (火)

ネットカフェでの日本語入力

 Windows98の場合は、日本語のページを開こうとすると日本語フォントが自動的にダウンロードされます。これで表示はOK。入力したい場合はMicrosoftのHPから入力ソフトをダウンロードします。「Global IME」で検索すればすぐ見付かります。

 WindowsXPの場合、インストールCDにフォントもIMEも収録されてるんですが、CD-ROMは無いかと尋ねても、「今たまたま持ってない」と返ってきます。ノーブランドのPCを買うと海賊版のXPがインストールされているため、誰もXPのCDなんて持ってないわけです。店によってフォントが入ってたり入ってなかったりするので、後者なら諦めて他の店を探しましょう。

 フォント有り・IME無しの場合(ボリビアではこのパターンが多かった)、以前なら文字の多いページを開き、それを切り貼りして文章を作るしかなかったんですが、今は「Ajax IME」(http://www.chasen.org/)があります。ほんと便利なサイトで感謝いっぱい。めちゃくちゃ助かりました。

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2006年10月 2日 (月)

いろんな種類のシャワー

 Ducha

 ボリビアに限らずよく困るのがシャワー。お湯・水の表示がない。出してみりゃわかるがね、と言われそうですが、そう簡単でもない。どうやってお湯を出すのかが色々あります。

 まず、電熱器の場合、たくさん捻ると加熱が追い付かず冷水が出ます。一方ガスの場合、一定以上の水量でオンになる機械が多く、たくさん捻らないと永遠に冷水が出続けます。

 他に、お湯をタンクに貯めておくタイプがあって、他の客が先にお湯を使い切ると、たくさん捻ろうが遠慮がちに捻ろうが、とにかく水しか出ない、なんてことになります。太陽熱シャワーってのもあるらしく、日光で水を温めるため朝はお湯が出ないそうです。もちろん誰かが使い切ったらそれまで。従業員が給湯器の電源を入れ忘れてて…ってパターンもあります。

 先に確かめればいいんですが、僕は脱いじゃってから、あれ?ってことが多く、素っ裸だと従業員を呼んで出し方を実演してもらうわけにもいかず、何度も風邪を引きかけています。

■追加■
 写真のホテルは、洗面台は右がお湯で、シャワーは左がお湯でした。せめてそれくらい合わせてくれればいいのに。
 こちらのホテルって、湯船はなかなか無いですね。日系のホテルくらいかな。たまに猛烈に風呂に入りたくなりますが、難しいですね。

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2006年10月 1日 (日)

リベンジ日本料理屋

 Sociedadjaponesa1 Sociedadjaponesa2 Newtokyo

 ウユニから夜行バスで10時間、ラパスに戻りました。食欲回復を期待して日本料理屋へ。ラパスには5軒あるようなんですが、その内の2軒をはしご。1・2枚目は日本人会館の中にある「けんちゃん」。漫画が読めて幸せでした。3枚目は「ニュー東京」。高山病のため本調子ではなかったようで、天麩羅うどんの油にやられて半分残しました(寿司盛り合わせは完食)。

 そして飛行機でリマに戻ったんですが、1週間ずっと眠れなかったのがたたったのか、相変わらず体が重く(元々重いんですが)次の日も会社を休んでひたすら寝ていました。起きて時計を見ると平気で3、4時間経ってる。ボリビアでは10分くらいしか経ってないことも多かったので、なんて幸せなんだと思いました。結局その後も2、3日は余波でへたってました。

 体重を量ったら1週間で3kg減ってました。割合を考えれば何気にたいしたことないですし、意趣返しのため(誰に?)ケンタッキーやリマの日本料理屋に通ったためすぐ挽回しました。

■追加■
 軽い衣で美味しかったんですが、量がたっぷりだったため完食はきつかったです。直前に握り盛り合わせ食ってたし。
 残さない主義が貫けなかったのが悔しいですね。通常こっちの店では持ち帰りが可能なんですが、麺類はさすがにねぇ(ごねればできると思います。雑炊持って帰ったことあるし)。寿司ではなくうどんを先に注文するべきだったと後悔。

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2006年9月30日 (土)

鉱山見学ツアー

 Potosi4 Potosi5 Potosi6

 ポトシのシティツアーではまず鉱山労働者用の雑貨屋に連れていかれました。ダイナマイト、導火線、フィルター無しの煙草なんかが並んでいました。鉱山の中にはトイレがないので、食事は取らず、コカの葉を噛みながらアルコールを含んで作業するそうです。98%のがボトルで売ってました。

 長靴を借り、合羽を着て坑道へ。かがんだり這ったりして進みます。20分程進むと、前方でパラパラと何か落ちる音が。手招きするガイドの真後ろに小石が降っています。志村後ろ後ろ、と僕がゼスチャーすると、縦穴の上に目をやり「おーい」なんて呼ぶ。おっさんが一人手足をつっかえ棒のようにしながらスルスル降りてきました。真上の坑道で掘っていたそうです。

「ところでさっきの雑貨屋でなんか買ってきた?」
「水を買いましたけど」
「残念。ダイナマイトがあったらここで爆発させられたのに」
 おい、それは雑貨屋で言え。

 貴重な機会を逃しました。

■追加■
 雑貨屋は、売り子は普通のおばちゃんだし、見ての通り露店だったりするんですが、置いてるのはそんなもんばっかなので、不思議な違和感がありました。

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2006年9月29日 (金)

世界史の山、ポトシ銀山

 Potosi1 Potosi2 Potosi3

 ウユニからバスで6時間。標高4070m、世界で一番高い位置にある町ポトシに到着しました。この町にはセロ・リコ(「豊かな丘」の意)という鉱山があります。石見と並ぶ16世紀の2大銀山として大量の銀を産出し、ヨーロッパに価格革命を起しました。山川の用語集で15くらいはいってるはず。

 鉱物ファンの知人を羨ましがらせたい一心で目的地に加えたんですが、出発前日に話したところ、「ポトシ銀山?何それ」。無理もない話で、品位の高い銀はとっくに枯渇し、今は錫を手堀りしてるだけ。現地に着く頃には高山病も一段とひどくなっており、すっかり来たことを後悔していました。

 さらに、シティツアーのガイドさんが「1家族1週間でトラック1台分掘るんだが、だいたいBs/.500(ボリビアーノ。7,275円)にしかならない。ボリビアには製錬する技術が無く、一山いくらで輸出し、諸外国がそれを高価な金属に変えて儲ける。帝国主義だね」と憂鬱な説明をしてくれました。

■追加■
 ボリビア旅行は高山病でつらかったので、今のところ人に勧める気にはなれませんが、でも普通の体力の人なら楽勝かつ普通に楽しいのかも。
 ポトシって実は世界遺産だったらしいですね。そのくせガンガン発破掛けています。日々爆破されてる世界遺産なんてポトシくらいかもしれません。
 1625年、人口15万人でアメリカ最大の都市だったそうです。でも現在は13.4万人(2005年)。錫もほぼ枯渇してるそうなので、さらに減ってくんでしょうね。
 おそらく観光地としてやってくしかないんでしょうけど、頑張りすぎると夕張みたく赤字になるかもしれないので、細く長く頑張ってほしいです。

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2006年9月28日 (木)

塩でできたホテル

 Lunasalada1 Lunasalada2 Lunasalada3

 ウユニで泊まったのは「ルナ・サラダ」というホテル(http://www.lunasaladahotel.com.bo/)。ガイドブックに載ってなかったので心配していたんですが、ちゃんと塩のホテルになっていました。ただ、昔からある2軒と違い丘の上にあります。塩湖の中にあるわけではないのが残念ですが、その分内装は豪華かつ洒落ていて、シャワーはお湯が出るし暖房もあります。

 その夜の客は僕一人。原因は多分宿泊費。US$70という値段は、ペルーより若干安いボリビアの物価を考えると非常に高価です。外国人のそれもバックパッカーではない富裕層向けの価格ですが、ウユニまでの電車やバスの長旅が富裕層をばっちりブロックしている気がします。

 薄く雲がかかっているため星は見えず。満月の光を塩が撥ね、空全体がぼんやり青く明るくなっていました。塩湖からの風が窓をガタガタ鳴らす中、ホテルが貸してくれた湯たんぽで暖かく過ごしました。もっとも高山病で眠れなかったけど。

■追加■
 ホテルは塩湖から切り出した塩のブロック(1枚目に写ってる壁の茶色っぽい部分)を、真っ白い塩を使ってくっつけています。シャワー室もこの組み合わせで作ってました。ただ、お湯が当たる部分はさすがにプラスティックで囲ってありました。
 ベッドを5mm角ほど削って食べたら塩辛かったけど、壁を舐めても味はしませんでした。だから水をかけてもすぐには溶けないと思います。
 僕の行った日はまさに貸しきりでした。ただ、ホテル側は2人いて客は僕1人だったので、なんか気を遣ってしまいました。
 そういえば、寒くて乾燥してて塩湖からの風が通るわけだから、生ハム作るには持って来いの土地ですね(単に今生ハムが食べたいだけ)。

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2006年9月27日 (水)

乾期のウユニ塩湖

Kanki1 Kanki2 Kanki3

 ウユニ塩湖は、雨期と乾期の間に行くと、薄く溜った水が雲を映し、空の真ん中に立っているかのようになるそうです。僕はマットさんの動画の冒頭(1枚目)を見て行きたくなったんですが、タイミングが合わず乾期に出かけました。

 それはそれで一面真っ白な世界が見られたので満足なんですが、困ったのは、乾期って雨期の反意語くらいに思ってたんですが、雨が降らないだけでなく積極的に乾くんですね。唇がカサカサになって始終舐めていたんですが、切れて皮が剥けました。リップクリームを持っていくよう注意されていたんですが、生まれてこの方2、3回しか塗ったことがなかったので当然不所持。人の忠告は聞くものだと学びました。

 2・3枚目はイスラ・デル・ペスカド(「魚の島」の意)から見た景色。雲の影が薄墨のごとく塩原に落ちています。頂上まで何mあったのか知りませんが、高地で上下動すると異様に疲れ、少し歩く度犬のように舌を出してハァハァしていました。

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2006年9月26日 (火)

世界最大、ウユニ塩湖

 Uyuni1 Uyuni2 Uyuni3

 標高3650mにある世界最大の塩湖です。面積は12000km²なので、だいたい18琵琶湖、2/3四国です(デカいなおい)。湖といっても乾期に行くとあまり水が無く広大な塩の原っぱ。

 ウユニの町からツアーの4WDで走ること20分、前方の地平線が白んできます。ただ白いんじゃなく威圧的に白い。白く輝いています。こりゃ雪目になるなと心配したんですが、目を細めていたらセーフでした。画像は少し補整していますが、オートで写真を撮ったら全部暗く写ってました。

 始めのうちこそ騒いでたんですが、行けども行けども真っ白なのでツアーの面々は居眠り。以前から大自然より人工物の方が楽しいと思ってたんですが、やはり波や雲や炎みたく変化するもの以外は、どんな壮大な景色でもいずれ飽きるようです。

 ガイドに「何cmくらい下まで塩なんですか?」と尋ねたら、「3、4mから8、9mだ」と言うので、平均を聞いたら8mと断言。得意満面だったので話を面白くしている可能性が高いです。

■追加■
 ウユニには温泉があると後日聞きました。そういや近くに火山あったし、温泉があっても不思議じゃなかったですね。うーん、もったいないことしたなぁ。知ってたら行ったんですが…。

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2006年9月25日 (月)

高山列車の車窓から

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 ラパスから3.5時間バスに乗り、オルーロという町で高山列車に乗り換えました。鉄道ファンの知人を羨ましがらせたい一心でこのコースを手配したんですが、オルーロ(標高3700m)からウユニ(3660m)へ向かうその列車は高度的にはほぼ平行移動。上り下りがないので乗ってて全然普通の列車。単に空気が薄くて頭痛いだけ。えらいトラップです。

 「世界の車窓から」だったらここでフォルクローレの一つでも流れるんでしょうけど、実際にかかってたのは子役2人がいちゃつく一人旅には気分の悪いアメリカ映画。石丸さんなんて影も形もない(ナレーターだから当たり前か)。なにより19時発2時着だから、出発直後から車窓は真っ暗。アルティプラーノと呼ばれる高原地帯には灯り一つ見えやしない。

 乗客の4割を占める外国人観光客以外は、みんな毛布を持っていて、ウユニに着く頃にはすっかり冷え込んでいました。荷物になるからとセーターを置いてきたため少し凍えました。

■追加■
 山陰か北陸の夜行って感じでした。もの悲しい情緒がありました。標高は40m下りただけやけど、気温はそれどころじゃなく落ちたのでけっこう大変でした。

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