2007年1月10日 (水)

唐突な遺跡、ワカ・プクジャナ

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 住宅街に突然現れる遺跡、ワカ・プクジャナ。その唐突っぷりは大仙古墳のようです。入場料はS/.7(261円)。何人か集まったところでガイドさんが案内開始。11:50頃から始まった西語の解説は13:30まで続きました。ガイドのお姉さんも大変でしたが、立ちっぱ歩きっぱの僕も大変。

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 プレインカの遺跡です。インカ文明の前だから、マチュ・ピチュ(16C)よりずっと古い(3~8C。リマ文明)。現在修復中で、上の方で何人かが作業していました。真ん中の画像、縦に積んだ日干し煉瓦が斜めの線を作り、台形が互い違いに並んでいます。これ、耐震構造なんだそうです。

 ブラジルから来た家族、コロンビアから来た家族と一緒に回ったんですが、ブラジル人のガキがやたらうるさい。始終落ち着きなく、挙句ロープをくぐって遺跡に下り、ガイドに制止されました。日本なら親が平謝りの場面ですが、ブラジル夫婦は笑って見守っています。ペルー人ガイドもそんなに怒ってないし、大らかな風景です。

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 上に登るとけっこう高いし広い。「ワカ」は神殿の意で、生活空間ではなかったそうです。屋上の広場には黄色い壁が残ってました。オリジナルの色だとか(ちゃんと解説聴き取れてるか自信無し)。

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 降りてきた時点で1時間経ってましたが、実は仕事中にこっそり来ていたため、僕は帰る気満々。でも敷地内ではリャマやビクーニャが飼われていて、その説明が続きます。なんでわざわざ街中で飼うんだ。クイという食用モルモットも飼っています。柵に穴があったようで、僕の見てる前で一匹逃げ出しました。そして悲劇が。

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 ペルーの犬種という毛のまばらな犬が、脱走したクイを捕まえました。よく訓練されてるな、と感心したのも束の間、クイ死んでます。ブラジル人のガキがショックで泣き出しました。その肩を叩きながら大笑いするブラジル夫婦。ラテン真骨頂です。

 ■Huaca Pucllana
 http://pucllana.perucultural.org.pe/

 火曜日といくつかの祝日が休み、とのこと。開場は9時から17時。10分で飽きてしまったあとも延々と続く、懇切丁寧な解説がアレでしたが、遺跡自体は一見の価値ありだと思います。

■追加■
 この犬は「ペルービアンヘアレスドッグ」という犬種だそうです。エキサイトの「世界びっくりニュース」で紹介されていました。
  古代遺跡で保護されるペルーの「無毛犬」 | エキサイトニュース
  http://www.excite.co.jp/News/odd/00081169564273.html

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2007年1月 9日 (火)

ミラバス

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 ミラフローレス区を走る赤い2階建てバス、その名をミラバス。ド直球の名を持つこのバスは、区役所の前から発車します。2階に屋根がありませんが、リマは雨が降らないから無問題です。S/.5(187円)で1時間超の行程。僕が乗ったのは16時半からの回。区役所前に広がる中央公園内にインフォメーションのスタンドがあり、指定席の切符を買いました。

 リカルド・パルマ通りを進み、橋を渡ったところにある公園で折り返します。続いてアレキパ通りを進み、また折れます。ミラフローレスを出ちゃいけないんでしょうか。透明バリアの存在を感じます。ワカ・プクジャナ遺跡を横目に海岸へ。海を望んだ崖の上を走り、恋人たちの公園、ラルコ・マルをパスして中央公園へ戻ります。

 バス内にはスペイン語の解説が流れますが、正直全然わかりませんでした。夏でも風が吹いて寒かったし、日本から来た短期の観光客には薦めにくいツアーです。

 でも、2階からの眺めは非常に楽しかったです。街路樹の枝に触れそうだったし、信号はやたら迫力あったし。ロンドンの2階建てバスは屋根が閉じてるみたいですが、テレビで見た香港のは屋根が無かったので、ぜひとも乗ってみたいです。

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2007年1月 6日 (土)

電気博物館

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 バランコの区役所の近くに電気博物館があります。入り口が目立たないため、数回前を通りましたが気付きませんでした。警備員が目印です。

  ■Museo de la Electricidad
  http://museoelectri.perucultural.org.pe/
  Av. Pedro de Osma 105, Barranco

 開館は9~17時。入場料は無料。年中無休だそうですが、中は正直しょぼ…ごにょごにょ。

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 ペルーには水力発電が10箇所(1枚目左)、火力発電が8箇所あるそうです(1枚目右)。自転車はuna gran velocidad(大きな速度。どれくらいか全然わかりません)で漕ぐと電灯が点くとのこと。6.5Vで1個、8.5Vで2個、あとは10.5V、14V。「頑張れ、そして漕げ!」と張り紙があったので、死ぬ気で足を回しましたが、弱々しく1つ目が灯っただけでした。

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 左側の画像の真ん中に写ってるのは、コインを入れると動く、レトロ調の電気式体重計。電気式ってそんな無理に量らいでも。2枚目の画像は電気の消費量を示す展示物。左がテレビ、右が電気調理器。うちはガス台が無く電熱で炒め物してますが、ちょっと電気代が心配になりました。

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 表に停まってる古い電車は、4人以上で来たら動かしてくれるそうです。運転は月曜休みで、10~17時の間です。13~14時は昼休み、料金は1人S/.2とのこと。そのうち事務所の人間を誘って乗ってみたいです。

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2006年12月30日 (土)

ペーニャ、フォルクローレのショー

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 バランコ区にはペーニャ(Peña)と呼ばれる、ペルー音楽のショーが開かれるバーがいくつかあります。半月前だったか、その内の1軒に行ってきました。

 ■Oita Noma
 Av. Grau 296, Barranco

 月曜から土曜、晩22:30からコンサートが始まることになっていますが、僕が行った日は22:50にようやく始まりました。男性だけのバンドが出てきて、太ったおっちゃんが何曲も歌ってくれました。カホン(Cajón)を担当するパーカッショニストが熱演。木でできた直方体で、上に座って両手で叩きます。アフリカからペルーに連れてこられた黒人奴隷が発案した、ペルー発祥の打楽器です。

 7、8曲演奏したあと、天童よしみ系のボーカルが登場。店員から渡されるメモを見て、リクエストに答えたり、「今日結婚記念日なの?じゃあ皆さん拍手!」等客をいじりながら進行。結婚40周年の老夫婦がステージ前に呼ばれ、促されるまま歌に合わせて踊り出したのは素敵でした。

 最初は皆さん大人しく席で飲んでましたが、日付が変わる頃からぼちぼち立って踊り出しました。僕は1時過ぎに退出。週末かつ店の周りはディスコ街だったので、老若男女がうようよしてました。リマっ子は宵っ張りです。

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2006年12月28日 (木)

バランコの図書館

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 うちの事務所があるバランコ区は、コロニアル様式(スペイン統治時代の建物。窓の外に手すりがあるのが特徴)の家屋が残っています。芸術家の街だとかで、趣ある地域です。

 区役所の前に公園があり、それを囲むように教会や商業、政府系の施設が並びます。これはラテンアメリカの街の共通フォーマットで、バランコの場合ここに図書館が加わります。

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 12月頭の昼休みに、図書館を覗いてみました。閉架式です。検索に使う図書カードやそれを収める棚は日本で見かけるのと同じタイプでした。

 試しに1冊と思ったら、棚卸しの最中で本は借りられないとのこと。しばらくは自習用に机を利用できるだけです。1月からはパスポートで貸し出しカードが作れるらしいんですが、それまでひと月丸々機能しないなんて…。窓口は月~金、8:00~19:45まで開いてます。長時間やってて便利そう。張り紙を信じるならば、ですが。13:00~14:00は昼休みで休業。この部分は信じていいでしょう。

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2006年12月26日 (火)

クリスマスのリマ

 24日、晩御飯を食べにレストランに行ったら、ことごとく閉まってました。稀に開いてる店があっても、20時に閉めるとかで入れてくれません。鶏でも買うかと向かった24時間年中無休のスーパーは休み。クリスマスにリマに来る人は要注意です。

 近所のホテルに駆け込み、無事クリスマスディナーにありつけました。メインはパボ(七面鳥)。鶏のささ身みたいにカスカスしてて、油っこいのが好きな僕にはつまらない味でした。

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 翌25日は祝日で、人気が無くゴーストタウン状態。世界遺産の街並みである旧市街を訪ねたところ、カテドラル(大聖堂)でミサをやってて、大統領アラン・ガルシアも列席。教会を出て大統領府に戻るパレードを見物しました。生アランはやたらでかく(193cmあるんだとか)、マフィアのような迫力。カタコンベで有名なサン・フランシスコ教会に寄ったら、やはり閉まってました。門番曰く一人S/.10で特別に案内してくれるそうです。普段の入場料はS/.5。小遣い稼ぎです。

 休み明けの26日にペルー人の同僚に聞いたら、連休中はひたすらパボを食べていたそうです。貧乏な家は鶏で済ますもんだが、今年はパボが食えてうれしかったとニコニコしていました。切り身ではなく丸焼きは美味しいらしいので、機会があれば試してみようと思います。

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2006年11月29日 (水)

闘牛の動画

 闘牛の動画をアップしました。Sebastián Castellaの1試合目で耳を2枚獲得しました。

 観客大喜び。次は刺す瞬間です。

 最後は決着から客が白いハンカチを振るまで。残酷といえば残酷な見世物ですね。

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2006年11月28日 (火)

闘牛、それぞれの試合

 今回の闘牛シリーズ「Feria Taurina del Señor de los Milagros」は10/21に始まりました。僕が見た11/26は楽日で、フランスとスペインからスターがやって来ました。会場は「Plaza de Acho」。計9日の興業です。

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 一番手のVicente Barreraは'68生まれの38歳。スペイン人です。1枚目のように膝を折った状態であしらい、余裕を見せてくれました。こういうのが技らしく、闘牛士は客がダレてきたなと感じたら、盛り上げるべく色々かましてくれます。

 最初の刺突に失敗し、2度目のトライで成功。罵声を沈めることができました。それでも、やたら落ち着きのある牛だったのが試合全体の評価を上げたらしく、耳を1つ与えられました。牛は途中でそっぽ向いたりしてましたが、周囲の人は「いい牛だ」「いい牛だ」と唸っていました。

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 2番手はEl JuliことJulián López。'82生まれで24歳。スペインの人気者だそうです。助手にバトンタッチして休憩を取ったら、四方八方から叫び声。隣のご婦人曰く、みんなフリをもっと見たかったんだそうです。でも彼は聞えないフリをしていました^^;。その間助手の1人が転び、軽い騒ぎに。

 帽子を投げず、そのままちょんと地面に置きました。横の婦人は「そうね、それが確実ね」とつぶやきます。牛に背中を見せたり、派手なプレイスタイルです。終盤牛が弱り切って座ってしまいましたが、スターは慌てず挑発して起き上がらせます。

 彼も1発では仕留められませんでしたが、先ほどと違いブーイングは無し。「まぁあれは仕方ない」という優しいムードの中、今度は柄の部分まで一気にぶっ刺しました。助手が弱らせすぎた牛を、最後まで鼓舞したのが好印象だったのでしょうか、判定は耳1枚でした。目の前に歩いてきたのを見ると、めちゃくちゃ甘い顔をしています。

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 最後はSebastián Castella。'83年生まれの23歳でフランス出身。そういえば会場にはペルーとスペインとフランスの国旗が翻っていました。こいつもなかなかカッコよく、トリだけあって盛り上げ上手。間が空くとすかさず海老反りになってポージング。ジョジョ立ち風です。ビシュッ、と剣をなぎ払う仕草なんかを織り交ぜて、メリハリを付けてくれます。

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 極端に近いところを通過させるため、牛に布をジャックされました。慌てて飛んでくる助手を尻目に平然と回収。牛をたしなめるように見下ろします。スタンディングオベイションの嵐です。

 彼が刺し殺そうと構えると、なぜかブーイング。解説席(隣)の老夫婦の説明によると、良い牛だから殺すな、って意味なんだそうです。種牛に使え、と。闘牛士はいったん剣を下げます。しかしプレシデンテは殺すよう指示。セバスチャンは見事一発で根元まで刺し込みます。ただ、この牛相当根性があり、全然絶命しません。柵まで追い込まれ、ついに横たわった牛。みんな白いハンカチをぶんぶん振ります。本日初の耳2つが出ました。

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 これで終わりかと思ったのに、誰も帰ろうとしない。観戦歴40年(推定)のベテラン夫婦が、もう一巡あると教えてくれました。すっかりお腹いっぱいになっていたので、長男と比べて次男の写真は全然撮らない夫婦よろしく、後半は見るだけに専念。ただ、時々横から「今よ、写真撮りなさい」と指示が出るので何枚か撮りました。

 再登場したVicente Barreraの相手はあまり意欲のない牛で、耳は獲得できず。直前の第3試合が盛り上がりすぎたせいか、客席全体がマッタリしていたのが気の毒でした。El Juliの相手は屈強な牛で、真剣を刺した後もずっと倒れない。第3試合の二番煎じな展開だったので熱戦のわりに耳獲得は1枚。

 締めくくりに現れたSebastián、今度もガッツある牛が当たりました。さんざん盛り上げて殺した牛が、再び起き上がるハプニング。これ演出だったらたいしたもんですが、とにかく会場はやんややんや。しっかり本日二度目の耳2枚ゲット。スターな男ですね。

 暗くなってきたので明かりが灯り、今回の牧場主Roberto Pugaさんが登場。一部の客が砂場に招き入れられ、闘牛士の周りに殺到。肩車してワッショイワッショイ練り歩きつつ退場。

 ほんと大満足の3時間でした。強いて心残りを挙げるなら、記念に買ったDVDのケースを開けたら中が空っぽだったことくらいですかね。「このDVDどんなの?」「今再生してるやつだよ」「じゃあください」のあと、プレーヤーから取り出すの忘れたんでしょうね。在庫1枚しかないなんて思わなかったから、確認するの忘れてました。まぁ動画もいっぱい撮ったからいいや。

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2006年11月27日 (月)

闘牛、全体の流れ

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 日曜に闘牛を見に行きました。前もって専門サイト「ソル・イ・ソンブラ」と「スペインなんでも情報 リアルタイム!!」の闘牛コーナーで予習して行きました(感謝!)。正直、何も知らずに行ったら面白さ半減だった気がします。

 旧市街を車で走っていると、デモ行進が1車線占領しています。プラカードには「闘牛反対!」とありました。闘牛場は、そこからリマック川を渡った先にあります。本来デンジャーゾーンですが、その日は警官が出張っていて、高級車が路肩にバンバン駐まっていました。僕らもそれに倣って路駐します。誘導してくれた少年が見張っていてくれるようです(もちろん有料で、帰るときにS/.3渡した)。

 プレイガイドで買っておいた入場券を見せ、闘牛場の敷地内に入りました。開始30分前ですが、レストランや屋台でみんな呑んだくれています。席によって値段が違いますが、僕の席はS/.235(8,464円)しました。例によってほとんどが白人で、知己を見つけては挨拶を交わしています。

 1枚目に写ってる座布団S/.3を買い(借り?)、水S/.4(普通S/.1なのに)を調達して散歩。併設された小さな教会で闘牛士たちが礼拝をしていました。横に馬がスタンバっています。

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 建物内でもう一度指定券を見せ、座席へ。誘導係に位置を聞いたら当たり前のように嘘をつかれ、自力で見つけ出した席には歓談中の老夫婦。席替えが面倒らしく、「隣に座れ。もしその席の持ち主が来たら我々は本当の席を探すよ」とのこと。

 予定通り15時半に闘牛士たちが入場。メンバーはSebastián Castella、El Juli、Vicente Barreraの3人。

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 牛が放たれます。元気に走り回っています。ピンクの布(カポテと呼ぶそうです)を持った助手が出て、順番に牛をあしらって疲れさせます。中に一人やたら落ち着いて捌いてるやつがいるなと思ったら、闘牛士本人でした。

 馬に乗った槍方(ピカドール)へ牛は誘導されます。牛が馬に体当たりしている間に、馬上のピカドールが牛を刺します。サクッと刺して引き上げると歓声が上がりますが、ずっとズブズブ刺してるとブーイングです。そこまで弱らせるやつがあるか!って抗議みたいです。馬いい根性してるな、取り乱さないよなと、感心したんですが、黒い布で目隠しされていました。

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 助手が両手に銛(もり)を持って現れます。2本ずつ3回、計6本刺します。別の試合で助手の一人、肌の色からしてペルー人っぽいでぶっちょが、刺し損ねて非難ごうごうでした。他の助手は布で牛の注意を逸らせたりしてサポート。闘牛士は近くで飲み物を飲むなど余裕かましてました。

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 いよいよ闘牛士(トレロ)が本気モードです。今度は赤い布(ムレタと呼ぶそうです)とサーベルを持っています。闘牛サイトによると、真剣ではなく軽い模造品だったりするそうです。プレシデンテ(主催者)の前まで来て何か言ってます。プレシデンテは僕の後方高いところに陣取っていました。僕の席いい席っぽいです。

 真ん中で帽子を投げました。隣の老夫婦曰く、落ちた向きで吉兆を占うそうなんですが、みんなちゃんとした向きになったのは偶然なんでしょうか。

 赤い布でおびき寄せ、ひらりひらりとかわします。闘牛士によって盛り上げ方に個性がありました。楽団の演奏も始まります。楽団がサボってると、客が「ムシカ!(音楽)」と怒鳴って促してました。ブンチャカブンチャカ哀愁のある吹奏楽です。

 上手くかわすと「オレ!」と観客席から掛け声が上がります。連チャンでクルクルすると「オレ!」「オレ!」と徐々にみんなの声量が増していきます。何コンボか決めた闘牛士は、いったん距離をとり、剣を振るなどして見得を切ります。パチパチと拍手が起こります。

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 牛がへたってくると、闘牛士は柵まで戻って剣を交換します。牛に正対し、切っ先を向けて構えます。客が「シーッ」「シーッ」と言い出し、徐々にその声も止んでいきます。と、闘牛士の気合いに反応して牛が飛び出し、闘牛士も飛び上がって交差、首の後ろあたりをサーベルで貫きました。

 牛はしばらく歩き回りますが、やがて崩れ落ちます。闘牛士は「どうだっ!」と再び見得を切り、歓声が湧きます。スタンドに白いハンカチがひらひらし始めます。これは、闘牛士に牛の耳を与えろというゼスチャーです。プレシデンテの方を向いて、口々に「1枚」「2枚」とアピールがあります。

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 プレシデンテの判定に応じて牛の耳が切り取られます。闘牛士はそれを持って観客席の前を回り、投げ込まれる赤い花を回収しつつ退場します。帽子を投げ込む客が何人もいて、助手がいちいち拾って投げ返してました。いまいち意味がわかりませんでした。飲み物の入った革袋を投げ込み、投げ返してもらってる人もいました。なんでしょね、あれ。

 一方牛は、動かなくなったあと、助手に短刀らしきものでとどめを刺され、数頭立ての馬に曳かれて退場します。これを6試合繰り返し、ほぼ3時間。次へ続きます。

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2006年3月22日 (水)

日本人ペルー移住資料館

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 南米で一番日系人が多いのはブラジルで、現在約140万人です。しかし、最初の南米移住は1899年に桜丸でペルーに渡った790人の労働者で、現在ペルーにはブラジルに次ぐ推定8万人の日系人が住んでいます。

 移住資料館は日秘会館の中にあり、無料で見学できます。移民の方たちが持ってきた道具類が展示されてます。日本のものなので正直珍しさは感じませんが、パネルに興味深い説明が。

 1612年4月28日付の、フワン・デル・コラルって人の遺書に「リマ市の石の橋の建設において、4人の中国人インディオと1人の日本人が働いたことを言明します」とあるそうです。彼の名はミゲル・デ・シルバ。ほんまに日本人か?。

 辞書すらない時代になんちゅうガッツや、と感心しますが、僕も22世紀の子孫に「ほんやくコンニャクもない時代によくペルーなんか行ったよな」と驚いてもらえるかもしれません。

 2枚目は18世紀初頭の日本側の資料。一応許可をもらって撮影。

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